恋に狂って愛に啼いて
045:殺意とわたし、交じり合う狂気
ばちっと意識の端が弾ける。目を見開くと同時に手が毛布を引き剥がそうとする。翻る毛布が歪む。リョウ以外の熱源が確かにそこに居た。翻る毛布を目眩ましに距離を取ろうとする。毛布が不意に錐のように突き出される。毛布ごとリョウの手首が捕らわれる。曲げた膝を伸ばす勢いで蹴りを繰り出す。固い靴底がないのが悔やまれるが就寝中であったことを考えればやむを得ない。怯んだ隙に保ちなおそうとするリョウの読みをあっさり裏切って鋭い一撃がリョウの体を蹴り飛ばす。そのまま壁へ叩きつけられて一瞬だけ肺が潰れる。息を詰まらせて咳き込む。とっさの動作が取れない。ばさりと風を操るように毛布を翻して退けたのは日向アキトだった。
「…ン、だよ…」
叩きつけられて軋んだ肺がまだ鈍い。喉を鳴らして口の端から唾液が垂れる。アキトはよく見せる無表情ではなく口元を歪めて嗤った。昼間は無気力で無表情なアキトは時折こうして躍動的になる。リョウは何故かその標的にされて白兵戦や戦闘機などの戦闘訓練、それ以外でさえも無理を強いられる。力関係としてリョウはアキトの上に立てていない。軍属としての階級、経験値、ありとあらゆる全てが劣りリョウの苦心の対応は後手後手にまわる。
「お前の泣く顔が見たくなった」
「死ねよクソ野郎」
淡々としていても暴言でしかない。凪いだ湖面の代償は何故かリョウにばかり発露する。戦闘力で相手の階級をはかるリョウはそれを逆手に取られた。アキトはリョウより格段に強かった。知己で集まっても非合法団体だった頃リョウはその戦闘力や駆け引きで頭を張っていた。強者であった。強いということは何事にも優先されるとリョウは思っていたしそう行動してきた。アキトはそれを理解した上でリョウをぶちのめして支配下においた。首輪がはめられた瞬間だったのだと思った。
「もう少し早く気づけ。そうすれば戦闘機でのタイムラグも減るぞ」
寝台の上から動けないリョウにアキトはかさにかかる。口元だけ歪める笑いは禍々しいのにアキトの容貌はそれを補って余りある。蒼い艶の黒髪は短いがうなじあたりの一房だけが長い。それを常にきつい三つ編みに結う。戦闘後であってもほつれたり解けたりしない。結っているところも見ない。尻尾のようなそれが揶揄するようにリョウの肩口へポトンと落ちる。引っ張り千切ってやりたいくらいだ。
就寝中はずいぶん軽装だな。アキトの両手がリョウのシャツを掴む。おい。制止の言葉は間に合わない。一気に開く動きにシャツは裂けた。非合法団体であった頃からリョウの服装は軽装だ。最低限のサポーターの上に厚手のものを着込んで済ませてしまっていた。その傾向は未だに直っていなかった。誰が支給申請すると思ってンだよ。お前だろ? 素直に強姦されましたって言ったらどうだ? 温情があるかもしれないぜ。言いながらアキトはその現実味のなさを知っている。読み取れないほどリョウも鈍くない。
「ふざけ」
「本気だ」
爪がリョウの胸部へ食い込む。ひるんで後ずさる体はすぐに壁に阻まれた。壁を伝うように逃げる体をアキトは愉しむようにゆっくりと追う。退路がないな。脚の間へ位置を取られてリョウができる抵抗はほぼない。唇へ吸い付かれる。
「佐山リョウ」
桜唇が蠢く。舐めてもいないのに濡れて光る唇に目を奪われる。伏せがちに見上げる双眸は澄んだ蒼穹に透き通る。瑠璃紺の玉は強い芯を帯びてリョウを貫く。口元が開く。白く照るのは歯だ。艶出しでもしたかのようなそれにリョウの喉がゴクリと鳴った。
「お前を抱きたい」
指先が胸の先端を転がす。女性にするようなそれに文句を言いたいのに口を開けば甘い吐息が漏れる。吐息を震わせるリョウにアキトは愉しげに微笑む。その爪が先端を引っ掻く。くにゅ、と揉みしだくように摘まれる。腰へ甘く重く刺激にリョウは息を詰める。そこへアキトの顔がずいと近づく。吐息が触れるほどの近さにリョウは目を瞬かせた。
「お前を抱きたい」
「……俺は」
抱かれたくなんかない。吐き捨てるようにそっぽを向く。外した目線の外でアキトがどんな表情や感情でいたのかは判らない。沈黙が苦しい。数瞬の間であったかもしれないのに永遠に近く感じる。そうか。短い応えだった。ひとり言かと思うほど小声で相手がいるとは思えない言葉だった。
「じゃあやっぱり、お前には」
無理にでも啼いてもらおうか
リョウの制服は全てただの布地に成り下がり疼く痛みと発熱をともなってリョウは犯された。泣きわめいたりしなかったが結果が変わるとも思えなかった。容赦の無い殴打と灼熱に貫かれて啼いた。
「あ……ッん、ぁ…」
胎内の質量は膨らむ。継ぎ目さえもない壁へすがりながら爪を立てる。開いた脚の間にはアキトの刀身がぶち込まれている。濡れた音をさせて抜き差しを繰り返す。リョウの着衣は肘や膝でわだかまり枷のように嵌められて動きを阻む。腰骨の尖りを掴まれる。うなじへアキトの唇が寄せられる。背後から犯されてリョウの膝ががくがくと震えた。
「ァ、アぁ…! や、め、も…ぅ…!」
「全然足りない」
ごん、と腹の奥を突き上げられて視界が反転しかかった。白目を剥いて脱力しそうになるのを堪える。開きっぱなしの口元からはたらたらと涎が糸を引いて垂れた。ふやけた口元からは頼りない吐息が漏れる。眇めた琥珀の双眸は潤みきって湖面のように揺らぐ。壁へすがる指先さえもが痙攣的に震えた。裸の臀部をアキトの手が撫で回す。
「どうした、淫乱」
ぱたりぱたりと重たく白い滴が床へ落ちる。
アキトがリョウを抱く頻度は日に日に多くなっていく。回復しないうちに搾り取られるのはこたえた。すぎる快感は痛撃としてリョウの体を苛む。脚の間の引きつるような痙攣は明確な痛みだ。
「もっと泣けよ。お前も足りないだろう」
刀身が内壁を抉る。ぎゅうっと堪えるリョウにアキトはかぶさってくる。肩甲骨へアキトの頤が触れる。こつ、と尖ったそれが動く振動が伝わる。体液にまみれた指先がリョウの唇をこじ開ける。舐めろよ。爪は容赦も温情もなく隙間をこじ開け、歯を押してくる。負けたリョウが薄く開くところから喉元めがけて指が突き入れられる。苦しがって噛みつく痛みさえないようにグイグイ押し込まれる。
「ぁが」
間抜けた声を漏らして唾液を溢れさせる。頤を伝い床にまで垂れている。アキトの指がリョウの舌をつまみ出す。はぅう、と声が漏れるのをアキトが嗤った。
「お前の口は上も下も濡れるのが早い」
すり、とアキトの熱が擦り寄ってくる。鳶色のリョウの髪へアキトは鼻先を埋める。
「女の匂いだな」
反論は許されない。出来もしなかった。だらしなく涎を垂らしてリョウの視界は潤んで霞む。
「は……――ァう……」
ひくんひくんと余韻に震えるリョウをアキトは冷徹に見下ろす。もう済んだぞ。悪態と罵声がリョウの喉元へ摩滅した。体を起こそうとするのに四肢が重くだるい。腰奥から走る電撃はまだ余韻があり先端が震えてしまう。濁って潤んだリョウの眼差しを見てからアキトは嘆息した。
「…言って、た」
「なんだ」
こみ上げるものがある。
「抱きた、い……って、こんな……の、ぉ…」
アキトはリョウの体を屈服させて拓いた。合意のもとの抱くという言葉よりかけ離れた。リョウはすがるようにそれを繰り返す。非合法組織であった頃、理不尽な暴力にさらされた経験はある。それでも歩み寄りがあってからの突き放しはこたえた。リョウ自身がはねつけたのだと判っていても歩み寄りに甘えてしまう。アキトがリョウを抱きたいと言ったのをはねつけてから、アキトは場所も時間も何もかもを考慮せずリョウを暗がりへ連れ込んでは行為に及んだ。その度にアキトは繰り返す。
お前が抱かれたくないと言ったのだ
これは 抱く のではなく
オレの発散だ
「だから?」
アキトの声が冷たい。身震いしそうになるリョウの怖れさえもアキトは笑う。口の端を吊り上げる独特の笑い。理不尽だと思うのにそれに魅入られる。前髪に隠れそうな玉の双眸や尻尾のように跳ねる三つ編み。触れてくる指先。
「寂しいのか。足りないのか。キスでもしてやろうか」
冷笑。リョウは喉を鳴らしてから唇を噛み締めた。血がにじむほど噛むそれにアキトは目線を投げたが何も言わなかった。
こんなのって
ちくしょう
だって
震えたリョウの目元から滴が落ちる。鼻筋を渡るようにすべる白玉を見てアキトが屈んだ。
「馬鹿な女」
リョウの頤を抑えて顔を向かせる。鳶色の髪を梳くように撫でて指を滑らせる。
「だから好きかな」
唇が重なる。お前はオレが好きなんだろう。だから、冷たくされて辛いんだ。最初っから好きだって言っておけ。馬鹿め。
ふやけた唇が戦慄く。眇めた双眸は涙滴に満ちて波紋を広げる湖面のように揺らぐ。オレがお前を殺してお前がオレを殺したらそれは永遠だな?
「アキト……!」
引き寄せる腕の強い力。
喉を潰して殺せば良いとさえ。
狂ってるって、判ってる。
《了》